【ぷらちな】帰ってきた『日常』/藤津亮太のアニメ時評‐帰ってきたアニメの門 第1回

[第1回]帰ってきた『日常』

 『日常』がNHK Eテレで始まった。

 ご存じの通り『日常』は、あらゐけいいちの同名マンガを京都アニメーションがアニメ化した作品で、2011年4月から独立UHF局を中心に放送されたEテレ版は、全24話の同作を全12話に再編集して放送するという。

 NHKはBSで他局で放送されたアニメを放送してきたことはあったが、地上波しかもEテレ(教育テレビ)で放送するのは非常に珍しい。

 ここに現在のTVアニメを取り囲む状況が集約されているといっていい。

 一つは番組編成と番組制作の関係。

 TV局主導のもとで製作されるアニメを俗に「局製」という。’80年代の19時台に放送されていたアニメなどを想像してもらうとわかりやすいかもしれない。局や広告代理店が、どの時間帯に放送するかを想定し、そのために企画を決めて(原作を選んで)て、スポンサーを募り放送する。この時はまだ「どんな時間に番組を流すか」(番組編成)と「どんな内容の番組を作るか」(番組制作)は一体だった。

 番組編成の目的は、その時間帯にTVの前にいる視聴者が望む番組を編成し、視聴率を上げること。視聴率が上がれば、CMの枠が高く売れることになり利益があがる。

 しかし、アニメが視聴率がとれなくなり、プライムタイムから少しずつ番組が減っていく。その一方で、アニメ業界はビデオメーカーなどが主導で製作委員会を組織するやり方が主流になっていく。こうした製作委員会方式で制作されたアニメの放送枠として発見されたのが、視聴率を(比較的)求められない深夜枠だった。深夜枠を委員会で枠ごと買い、番組と委員会参加企業のCMを流す。そしてパッケージソフトの販売でリクープする。

 番組編成のいわば“レギュラー”からじわじわとすべり落ちつつあったTVアニメにとって、このビジネスモデルは、大きな延命策となった。

 以前、ある人気深夜アニメの関係者にインタビューで「これだけ番組がヒットして話題になると局内に『アニメいけるんじゃないか』という機運が生まれませんか?」と尋ねたら、「いやいや、編成は視聴率が第1ですからね。パッケージのヒットなどは全然関係ないです」といった趣旨の返事をもらったことがある。これもまた「番組編成」と「番組制作」の分離の一例だ。

 今回の独立UHF局で放送された『日常』がEテレで放送される事態は、番組が放送枠に紐付いていた時代では絶対起きなかった。’90年代半ばからどんどん進行した「番組編成」と「番組制作」の遊離があればこそ起きた事態なのである。

 もう一つ、今回の事態で注目したいのは、独立UHF局深夜とEテレ夕方のリーチの差である。

 独立UHF局は基本県域を単位としており、限られた人しか観られないという印象を持っている人も多いと思う。一方、NHK Eテレはいうまでもなく「日本ならどこででも見られるチャンネル」の代表だ。

 『日常』のEテレ放送がインパクトをもって受け入れられたのは、”マイナー”から”どメジャー”へのシフトという落差にもあったのは間違いない(落差にはEテレのステーションイメージと、奇妙な笑いのセンスがポイントの『日常』の作品性の落差もあるが、ここではそこには触れない)。

 ここで強調したいのは、実はUHF局というのはもはや思われているほどマイナーな局でなくなりつつある、ということだ。東京(関東)・名古屋・大阪・北海道・福岡の5地域のUHF局がカバーしている人口は、6割を超えてかなりの数にのぼる。もちろん局自体の視聴率は低いが、「新番組を事前に探して見る(録画する)アニメファン」にリーチするには、そこはさほどの障害ではない。しかもUHF局は、電波料がそのほかの局と比べて安いというメリットがある。

 このUHF局連合のリーチの長さは、アニメビジネスのコストパフォーマンスを考えれば十分である。

 しかし、もちろんそこにも限界がある。

 12月に封切られた映画『けいおん!』が興行収入15億円に達するヒットとなったが、このヒットの地盤を固めたのは、『けいおん!!』(第2期)が深夜アニメであるにもかかわらず異例のJNN系列28局で放送されたという事実だ。『けいおん!』ファンには、いわゆるライトなファンが多いといわれているが、地方在住者も含め、従来想定されているコア層以外にリーチできたのは、この「全国でくまなく見られる」体制にあったのは間違いない。

 だからここで注目したいのは、『日常』のコミックスの売上げの変化だ。コミックスは単価が安いので、中高生のファンが反応すると、ダイレクトに売上げに反映する。

 UHF局での放送でも売上げは伸びたが、Eテレの放送の影響でさらに売上げが伸びれば、それは地方のライトな中高生にまでしっかりリーチしたことになり、「全国で見られること」がコア層にしっかりリーチをする一つの手段であることが改めて確認されるはずだ。

 UHF局からEテレ(他局でもいいが、おそらく電波料の問題で難しいだろう)といった流れができれば、それは「コアな層以外にも楽しんでほしいアニメ」の延命にもつながる。

 『日常』の放送が終わったその後も含め、この枠がどう成長していくのか、その可能性に注目したい。

文:藤津亮太(アニメ評論家/@fujitsuryota)
掲載:2012年1月17日

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