ブラッドベリの小説作法
私はいつも情熱のほとばしるままに書いていく。頭を空っぽにして……まさに禅だね、心にとまったことをすべて書き上げ、最後まで書き通してしまうことだ。考えながら書くのではなく、情熱にまかせて書くんだ。考えたり手を加えたりするのは後でいい。そうでなければ創造は不可能になる。
このあいだ書き上げた小説には約3年かけたけど、最初は何も分からなかった。ただ面白い登場人物たちがいて、彼らが生きて動き出した。それが何を描いた小説なのかがようやく見えてきたのは、書き始めて2年くらいたってからだったよ。
フェデリコ・フェリーニ(映画監督、実験的な手法を駆使し、「魔術師」の異名を持つ。代表作に『道』『サテリコン』)とも何度か話したことがあるけど彼は、とにかくラッシュも見ずに撮り続ける。自分が撮った映像を見るのは、30日間ほどたってからなんだそうだ。仕事場代わりに使っていたUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)にフェリーニがきて『サテリコン』を上映したとき、学生にまぎれて私はその理由を聞いたよ。フェリーニはこう答えたんだ。
「自分が何をしているのかを頭で理解したくないから。私はミステリーを失いたくないんです」
フェリーニが言おうとしたのはこういうことだ。
一日の撮影を終了したところで、昨日は何を録ったかなと振り返ってみる。
おそらく正確には思い出せないだろう。でも、だからこそ、しっかり憶えようと情熱を燃やすことになるし、ミステリーも生き続けるんだ。ところがラッシュを見てしまったら、何を録ったかがわかりすぎて想像力の入り込む余地がなくなってしまうし、情熱もなくなってしまう。
私の小説作法もフェリーニの映画と同じなんだ。創作に向かう私の姿勢が正しかったことを裏付けてくれたようで嬉しかったよ。
小説家という仕事
私には2つのルールがあってね。1つは、考えすぎるな。そして、もう1つは、手がけた仕事は最後まで仕上げろ。
好きな仕事というのは人生の核になるものだ。それがなければ何もないのと同じだよ。愛してくれる人がいて、愛する仕事があれば、それだけでもう素晴らしい人生じゃないか。
何年か前に、卒中にかかったけれど、幸運なことに脳は無事だった。歩くのは苦労しているし、耳も聞こえなくなったが、それでも文章を書くことはできる。
この3年間に、私は小説を3本書きあげた。演劇は6本。短編をたくさん。
でも、私にはまだ書くべきことが残っているから、死ぬ前にそれを仕上げてしまいたいと思っているよ。
インタビュー:奥平謙二 野口周三(AMG)
構成:前島賢



