ライトノベル&イラストレーション外伝 消えたライトノベル作家その1 江古田東京砂漠にまぼろしのぶらじま太郎を見た!(総集編)

江古田東京砂漠にまぼろしのぶらじま太郎を見た

昔から、パソコンを初めとした情報技術産業の一年は、他の業界の三年に相当すると言われてきた。冷蔵庫が三年で壊れたらクレームが殺到するだろうが、三年前のパソコンは、もはや買い替え必死の旧式である。

もしかしたら、ライトノベルにも同じことが言えるかもしれない。 日々、新たな新人が登場し、流行が激しく移り変わっていくライトノベルは、読者の年齢層が若いこともあって、その一年が、一般文芸業界の三年にも五年にも匹敵するのではないか。

近年になって新レーベルをいくつも迎え、毎月膨大な新刊が刊行されるライトノベル。 一時期は、話題を独占したヒット作が、一年後には話題にもされない。 そんな光景が日常茶飯事のこのジャンルの中にあって、1990年、いまから20年近く前に、創刊したばかりの富士見ファンタジア文庫から刊行された一冊でありながら、「奇書」「怪作」「前代未聞」といった枕とともに、たびたび人々の話題になり続けてきたライトノベルがある。

東京忍者

その名は『東京忍者』。
作者はぶらじま太郎。

眠らない街、東京の治安を守るために結成された秘密組織、東京忍者部隊の活躍を描いたライトノベルである。


こう書くと、よくありそうな話だと思うかもしれない。だが、書いてる途中で作者が飲みにいっちゃったり、編集者とマージャンを始めたり、第五章のタイトルが「六本木レッドの最期」なのに、六本木レッドが死ななかったり、ラストが他の作家の小説の最後のページの丸写しだったり、作者が飽きていきなり終わったり、とにかくとんでもない小説(?)である。手元に本を置いてこの原稿を書いている私でも、なんでこんな酷い前衛的な小説が活字になってしまったのか不思議なくらいなので、本記事の読者はもっと信じられないと思う。なので、少しだけ引用してみよう。

 「わはははははは、わはははははははは、かんらからから、はっはっは」
 「だっ誰ですか!? アナタは。人を呼びますよ!」
 「ははははははははは! あわてるでないわ。ワシが用があるのは、黒木家の主人だ。健太郎はどこにいる!」
 「主人はまだ会社です。主人に用がおありなら、また夜にでも出直してください!」
 「そ~もいかん。それでは帰ってくるまでここで待たせてもらうぞ。これお女中、酒を持ってこんか酒を。まったく気がきかない。ぶつぶつ」

 こうして謎の男は出された酒を飲みながら、TVのバラエティー番組をゲラゲラ笑いながら見ていた。ちなみにつまみは、ホッケの焼いたのにホウレンソウのおひたしである。しまったムラムラと飲みたくなってしまったぞ!タイムである。ちょっと飲んでくるね。


 あ~、飲んだ飲んだ。てやんでぇべらぼーめぇなにが東京忍者だ。なにがダイザッパだ。おりゃぁもう寝るよ。うん寝ることに決めた。N村のばかやろ~ぃ。

 すいません。反省してます。総ては私の不徳といたすところであります。今後私は酒を断ち真面目に真実一路、人生を過ごすことをここに誓います。

ぶらぢま太郎(原典では、ここは手書きのサイン)

全篇通して、こんな感じなのである。 奥付によれば、本書の刊行は、平成2年の3月20日。その二ヶ月前に刊行された神坂一『スレイヤーズ!』が現在まで富士見ファンタジア文庫の看板としてシリーズ継続中であるのに対し、ぶらじま太郎は、この一冊を最後に姿を消してしまった。

いったい、ぶらじま太郎とは何者なのか。 いま何処で何をしているのか。 彼はいったい、なぜ、どんな思いのもとにこの小説を書いたのか。 こんなぶっ飛んだ小説を刊行した黎明期のライトノベル業界とは、どんな場所だったのか。

その謎を解き明かすべく、不肖、私、前島賢は、ぶらじま太郎の消息を求め、親友の仇を探す快傑ズバットのごとき、あるいは雪山でウルトラアイを探すモロボシ・ダンのごとき、はたまた、千鳥かなめを探す相良宗介のごとき艱難辛苦の探索行に赴いた。

そこで私は、真に驚くべき冒険を行ったのであるが、それを記するには与えられた文字数があまりに狭すぎるので、ひとまずここでは省略する。


とにかく、私は、2007年7月7日、まるで織姫と彦星が再会するその日に、ついに江古田の焼肉屋で、ぶらじま太郎氏にめぐり合ったのである。


『東京忍者』から16年、氏は一女の父となっていた。


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