背景の背景を訪ねて―美しい背景画を描くために大切なこと《前編》絵師ゆうろインタビュー
■ゆうろ式テクニック講座・その1
――絵を描き始める際には、最初の取っ掛かりの部分からデジタルで描き始められるのでしょうか?
下書きまでは紙です。それを取り込んで、線をクリンナップするところからがデジタルですね。
――背景を書くときに押さえないといけないポイントはどんなところにあるのでしょう? ここをおさえておかないと、ひと目で「この背景はだめだ」とわかってしまうような点といいますか。
とりあえず、パースが狂っているとか、間違えないようにしないといけないって言うのはありますよね。もうすこし正確に言えば、必ずしも厳密に「正しい」必要はないんですけど、「間違っている」ように見えてはだめなんですね。
――なるほど。
これは背景に限らず、絵にしてもそうなんですが、例えば消失点のとり方に、一点透視とか二点透視とかありますけど、二点透視を正確に全部二箇所の消失点に集める必要はないんです。間違っていても、その方が絵としては気持ちよかったりするときもありますから。ただ、ずれていることで「何かおかしいな?」と見ている人が思うようだとだめなんです。そこの微妙さは難しい。
―― その感覚は、やはりアシスタントの現場で教えられたものなのでしょうか?
特にアシスタント向けに「描き方講座」みたいなものを行うことはなかったですね。実際の作業をやっていく中で、「ここは違うよ」と指摘されて直したりとか、こちらから「どうやるんですか」と聞いて教えてもらったりとか、とにかく仕事の中で覚えていった感じですね。いきなり資料を渡されて「こんなの描いてね」と(笑)。
―― なるほど(笑)。資料の中にはロケハンによって用意されたものもあったと思うのですが、絵を描くのに最適な資料写真を撮るためには何を心がければいいのでしょう?
そうですね……例えば、新海さんがご自身で背景を描かれるときは、割と写真の構図を利用して、そこに手を加えられている場合が多いですよね。そういうやり方をするのであれば、写真を撮るときから実際にできあがる画面を考える必要があると思いますが、そうでない場合には、シーンごとによって見る角度が変わることを意識して、それぞれの角度からみた面がわかるようにすることが大事だと思います。いざモデルにして描こうとするときに、見えない部分がないように撮る、ということですね。
――たとえば、ありもののカタログなどを資料にすると、そこに実際にひとが暮らしている感覚を盛り込むのに苦労すると思うんです。そこのデザイン性と日常性のバランスはどのようにとればいいのでしょう?
資料を見つつ描いたものに、色々生活感のあるものを加えていくことでバランスをとる感じですね。マンションのカタログなんかだと、家具があっても、散らかってる部分があまりないと思うので。台所だったら、洗剤があって、調味料があって、流しには三角コーナーがあって……とか、実際の生活に必要なものを小道具として加えるといいんじゃないでしょうか。机の上には雑誌が無造作に置いてある、とかもそうですね。ただ、これはあんまりやりすぎてもだめだと思うんです。仕事によっては、小綺麗にまとめた方がいいものもありますし。
――光源の位置というのはどのように意識されていますか?
ゲームの背景だと、あえて光源の位置はあまり気にしすぎないようにしています。後からキャラクターが乗るものなので、あまり光源や陰影をはっきりさせ過ぎちゃうと違和感が出てしまうんです。
―― その一方で、新海さんの作品のように、すごく濃い影を落とされている作品がありますよね。そこの切りかえというのはサッとできるものなんでしょうか?
いや、苦労しながらやっていますよ(笑)。
――この『君が望む永遠』での絵は、非常にアナログ的なタッチで描かれていますよね。
これはヒロインの遙が描いた絵本という設定でしたので、Painterで描いて水彩絵の具っぽい感じを出していますね。
――PCで絵を描くとき、タッチの問題は大きいですよね。特に、自然物を描くことに苦労することが多いと思うんです。「葉っぱの形が気に入らない」とか。
そういうときは、葉っぱ用のブラシを作ったりもしていますが……まあ、最後は根性ででひたすら描くしかないですよね(笑)。アナログの筆は、適当感が出せるのが非常にいいんですよね。適当で、すごく味のあるタッチが出せるのは非常に強い。どうしてもデジタルでやると、決まったものしか出せないので、そこら辺が難しいですね。PainterとPhotoshop で、ツール間を行ったり来たりしてなんとか調整します。
――そこでアナログなものも取り入れよう、という風にはならなかったんでしょうか?
それはないですね。デジタルの便利さがやはりありますし、今の仕事――特にゲーム――だと、パーツごとにレイヤーを分けてくださいとか、そういう後からデジタル処理をする仕事が多いので、アナログだとそれができませんからね。たとえば、同じ風景の夜の絵が必要となったら、アナログだとまた一から、塗り直しになっちゃいますから。
――ツールの使い分けでいえば、新海さん的なグラデーションの空はPhotoshopで、雲はPainterという感じでしょうか。
そうです。雲はPainterですね。タッチが欲しいところがPainterになります。
――ちなみに、ゆうろさんは3Dのソフトは使われないんですか?
全然使ってないですよ。使いたいな、と思うときもあるんですけれど。特に、教室の机とか、ビル街とか、ああ四角いものが並んでいる様子は、いちいちパースをとって描いていくのがすごく面倒なんですよね。ポリゴンを使えると、ただ立体を置いていくだけだから楽そうだな、なんて思ったりします。でも、今からまた3Dを勉強しなおすのも大変だな、と思うんです。
――最近アニメの現場なんかでは、簡単な3Dモデルでアタリをとることも多いですよね。
そうですね。僕も、Photoshopでできるような、簡単なアタリの付け方は多少使ってますけどね。机を並べて配置するときに、正方形を並べたやつを変形させて、机の位置だけをわかるように作ってみたりとか。
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