翌朝早くに起きて一気に書き上げたこの作品が、私の人生を変えた。初期の代表作になっただけでなく、これを読んだジョン・ヒューストン(映画監督。ハードボイルドな作風で知られる。代表作に『マルタの鷹』、『アフリカの女王』など)が、『白鯨』(”Moby-Dick”、1851年、ハーマン・メルヴィル)の映画脚本執筆の仕事をくれたからね(映画は1956年公開)。
映画『白鯨』の誕生
ある日、ヒューストンが滞在しているホテルに呼び出され、「『白鯨』の脚本を書いてみたくはないかね?」と訊かれた。
ヒューストンの映画は好きだった。『マルタの鷹』なんて何度観かえしたことか。いつか一緒に仕事をしたいと思っていた。でも私はこう答えた。
「ヒューストンさん、あんな本、私は一度も読んでませんよ」
長い沈黙があった。きっと彼はそんな言い方を一度も聞いたことがなかったんだね。それからこう言った。
「レイ、今晩、あの本を読んでくれ。明日の朝またここに来て、私が白鯨を殺す大仕事にキミが手を貸してくれるかどうか、教えてくれないかね?」
家に帰るなり私はワイフに言った。「ぼくのために祈ってくれ! これから本を読んで、明日の朝までにレポートを仕上げなくちゃあならない!」
神に感謝しなくてはね。それまで私はメルヴィルを軽く見ていたけれど、『白鯨』は素晴らしい小説だった。
大変な仕事だったよ。なにしろ800ページの小説を120ページの脚本にまとめねばならない。八ヶ月が過ぎる頃には2000回くらい読み込んだ箇所さえあった。そして8月のある朝。私は鏡を見ながら宣言した。
「余はハーマン・メルヴィルである!」
それから8時間、夢中でタイプライターを叩き続けて最後の35ページを一気に書きあげた。まるで指先が燃えあがるようだった。ロンドンに飛んでジョン・ヒューストンの膝の上に仕上げたばかりの脚本を放り投げて、私はいった。
「完成したと思います」
ジョン・ヒューストンはびっくりしていたよ。「マイ・ゴッド! いったい何があったんだ!」って。